UBE株式会社は、かつてセメント事業で広く知られていた旧・宇部興産を前身とし、現在はスペシャリティ化学を中核とする化学メーカーとして進化を遂げています。環境課題への対応と高付加価値素材の開発という2つの柱を掲げ、グローバルに事業を展開する中で、技術研究・製品開発における構造的な思考力の強化が求められていました。
そんな中、みらい技術研究所の所長を務める大矢修生氏は、研究テーマの設計や組織内の意思共有、さらにはノウハウの可視化といった多岐にわたる業務において、構造化ツール「Balus」を積極的に活用。これまで「なんとなく」進められていた思考や議論に構造を与えることで、研究開発の質やチーム全体の認識精度が大きく向上したと語ります。
今回、研究・マーケティング・マネジメントの3領域における具体的な活用事例や、構造化がもたらした変化、さらに「考えることを支える道具」としてのBalusへの評価と期待について、大矢氏にお話を伺いました。
大矢さん
UBE株式会社という名前ですが、元々は宇部興産株式会社という名前だったことをご存じの方もいらっしゃるかもしれません。以前はセメント会社のイメージが強かったと思いますが、社名変更を機にセメント事業を分社化し、化学事業に特化した会社として位置づけを明確にしました。私たちは、付加価値の高いスペシャリティ化学品を作るメーカーです。会社には二つの柱があり、一つはスペシャリティ化学の成長、もう一つは地球環境への貢献です。この二つを軸に、スペシャリティ化学品を中核とする企業を目指すビジョンを掲げています。
私は現在、みらい技術研究所の所長を務めています。研究所は社内でコーポレート研究と呼ばれており、今の事業とは直接関係のない、これからのUBEを支える新しい技術や製品を生み出すミッションを持っています。
大矢さん
研究所として研究業務を行っていますが、大学の研究とは異なり、実際に製品に繋げなければなりません。そのためには、論理的に製品開発を進める必要があります。大学の研究であれば論文を書いて終わりという部分もありますが、実際に製品を作るとなると工場を建設する必要があり、そのプロセス、つまり化学工学にはきちんとしたロジックが求められます。しかし、研究を進める中で、そういったものがなかなか整理しきれず、モヤモヤした状態の研究が多かったのです。その部分を整理する必要があると感じたのが、Balus導入の一つのきっかけですね。
もう一つ大きかったのは、マーケティングの部分です。製品開発の研究テーマを設定する際、「売れるのか売れないのか」という話が当然出てきます。研究所の人間が、どういった顧客に対してどういった機能を達成すれば製品が買ってもらえるのか、そしてそれを解決するための技術課題は何なのか、といったことを世の中のニーズからブレイクダウンし、技術課題に落とし込んでいく必要があります。ここではロジカルシンキングが非常に重要で、繋がりが大事なんです。以前は、顧客の要望を短絡的に捉えて研究テーマを設定し、それがうまくいかないケースがありました。しかし、コンサルティング会社と一緒にBalusを使い始めた時、市場の解析や競合技術の調査、顧客のニーズといったことをBalusで行うことで、モヤモヤしていたものが見える化できたんです。
個人的にBalusを「これは良い」と思って使い始めたのは、ツールの根底にある複雑な課題を分解するという考え方です。Balusではノード(思考の単位)の大きさが決まっているので、書き込める内容が限られます。結果的に、複雑な課題がいくつかのノードに分解され、単純な課題の組み合わせや構造として表現されることが自然とできる。これが非常に良いと感じました。
当時、クラウドでホワイトボードのように共有して使うツールは他にもありましたし、社内でそれらを使っている者もいました。しかし、それらのツールでは、ノードの大きさを自由に調整できてしまう。一見、Balusの方が不便に思えるかもしれませんが、使い込んでいくうちに、やはりBalusの方が頭が整理されると実感しました。課題が実際に見える化され、その後あれこれと考えることで、やるべきことが明確になっていく。その点が気に入ったポイントですね。
大矢さん
正直なところ、Balusはツールとして最初は少し地味に映りました。自由度が少なく、使える色やノードの大きさも限られていて、「こんな単純なツールで何ができるんだろう」というのが最初の印象でしたね。比較的大きな画面がないと使いにくいと感じることもありました。
その後、私自身がその活用を切り開いていった点については、まず最初にBalusを使っていたコンサルティングの方々の使い方から学んだことが大きいです。そしてもう一つは、Balusに用意されている「型」の存在でした。特に「やったこと、わかったこと、次にやること」というふりかえりの型には強烈なインパクトを受けました。
このフレームワークを使って研究をふりかえることで、課題が非常に整理されることを実感したんです。自分たちがやったことが見える化でき、それが次にやるべきことへと繋がる効果は非常に大きいと感じています。このふりかえりの型をBalusで活用することで、非常に有益な使い方ができていますね。
大矢さん
最初は私がいた部署の10数名から使い始めました。その後、私が研究所長になって部下が増えたこと、そして知財部や東京の技術マーケティング部隊など、離れた場所の人間とのコミュニケーションを取る際に非常に役に立つと実感しました。
また、社長や管理職など、忙しい人たちと直接話す時間がなかなか取れない時にも重宝します。例えば、あるチームに特定の課題について議論してまとめてほしいという場合、私がBalusで課題を書き込んでおきます。チームはBalusを使って議論し、内容をまとめます。私が夜に時間が空いた際、彼らが作業したBalusのビューを見れば、議論の痕跡が見えるわけです。さらに私がそこに追記したり、追加で検討してほしいことを書き込み、リンクを貼ってメールで送る。メールやPowerPointでやり取りするよりも、内容が濃いコミュニケーションができます。
結局、Balusの良いところは「終わりがない」という部分だと感じています。ExcelやPowerPointで資料をまとめると、そこで一旦完結し、フィックスされることが多いですよね。月報や報告会などでまとめたものは、一旦結論が出て終わり、という形になる。
しかし、Balusはそこで書き込んだ内容がその日の結論であっても、そこでフィックスするものではありません。1ヶ月後に状況が変わったり新しい情報が入ってきたら、1ヶ月前にまとめたBalusに戻って「ここのところが違ったな」と変更していける。つまり、Balusは「これで完了」というものではなく、常に「途中」なのです。
仕事もこれで終わり、完結ということはなかなかなく、常に続きがあり、繋がっています。そういう意味で、Balusは私たちの業務に合っていると感じます。PowerPointにまとめてしまうと、まとめるまでは一生懸命考えて綺麗な資料を作るものの、そこでまとめ切ってしまったものは後でふりかえることが少なくなってしまいますからね。
Balusは、研究や特許の整理、さらには新しい装置や実験室を作る際の実験室の設計など、ゼロベースで何かを創り出す場面で非常に役立ちます。モヤモヤした頭の中のイメージを、とりあえずBalusに書き出すことによって見える化できる。これはこれまでのツールにはなかったものです。昔はポストイットに書き込んで会議室の机に並べ、貼ったり剥がしたりしていましたが、Balusはその使い勝手をさらに良くしたものだと捉えられます。
大矢さん
現在、電子実験ノートの導入を進めている過渡期ではありますが、電子実験ノートはどちらかというと定量的な数値や実験データ、つまりデータ駆動型の研究のための記録として使われます。それらを機械学習にかけたり、様々な展開をするためのものです。一方、Balusは、実験で「横縞が生じている」とか「伸びた」といった定性的な観察や、何か「現象が起きている」といったリアルな情報を書き込むのに適しています。
つまり、ノウハウのようなものを記録するのに優れています。「この装置を動かす時にこういったことが必要だ」という現場の知見ですね。特許や装置の図面だけでは決して再現できない、こういったノウハウ的なものが非常に重要で、Balusはそれらを見える化する上で、電子実験ノートや紙のノートよりも優れていると思います。紙のノートでは一度書くと動かせませんが、Balusはとにかく思いついたことをその場で書き込んで、後で整理すればいい。その直感的な操作性が現場での利用に適しています。
大矢さん
少なくとも、情報共有とコミュニケーションが良くなったという点は、やはりクラウドツールならではの特徴だと思います。誰かがアイデアを書き込んでおけば、チームの他のメンバーがそれを見ることができますし、気づきがあればまたそこに書き込む。チーム内でBalusを活用することで、これは非常に効果があったと感じています。
ミーティングの時間は特に短縮されていませんが、仕事の質が上がったという効果が大きいですね。これは、複数の人のアイデアが盛り込まれるようになったからだと考えています。例えば、4人のチームでミーティングをする際にもBalusは使っていますが、ミーティング以外の時間でも一人ひとりのアイデアがBalusに入っていくことで、やろうとしていることの質が向上します。積み上がるだけでなく、より良いアイデアが出てくることで、新陳代謝が起きる感覚です。結果として、時間の短縮よりも質が上がったという実感があります。
その結果として、今までなかなかできなかったことができるようになりました。例えば、特定の目標に対して、研究としてブレイクスルーができなかったことが、Balusを使うことで達成できるようになっています。成果が出るのが早くなったので、結果的には時間短縮にも繋がっていると言えるでしょう。研究は基本的に誰もできていないことをやるものですから、目標未達で終わることが多い中で、「できなかったことができるようになった」という効果は非常に大きいですね。
大矢さん
やはり、上席に何かを伝える際には、どうしてもPowerPointやWordといったツールを使う必要があります。社内ではMicrosoft 365の導入が進み、Teamsでのウェブ会議をはじめ、書類もクラウド化され、Microsoft 365に統一されていく流れが強まっています。
そういった状況において、BalusがMicrosoft 365との間で、完璧でなくても良いので、何らかの連携が持てるようになれば非常に大きいと感じています。例えば、Balusで作成したビューや情報が、何らかの形でMicrosoft 365のアプリにエクスポートできるような機能があれば嬉しいですね。現状、Balusで整理した内容をPowerPointで報告する際には、図として貼り付けてもフォントや矢印の太さの問題で読みにくかったり、再度打ち直す作業が発生しています。これは非常に率直な要望で、難しいとは承知していますが、この連携は多くのユーザが求めているのではないでしょうか。
また、Microsoft 365にログインすればBalusにもログインできるようなシングルサインオン機能も非常に有益だと考えています。ユーザが別のツールを使っているという意識が薄れることで、よりシームレスにBalusを活用できるようになるでしょう。
少しずつBalusに新しい機能が追加されることで、飽きずに「また変わったね」と新鮮な気持ちで使い続けられているので、今後もそういった機能の追加をぜひ続けてほしいですね。